最低賃金の何が問題か、そしてどうしたらいいか

先日、レインボーユニオン公式LINEアカウントから、最低賃金に関する問題について、どのような疑問を持っているかアンケートを取りました。

最低賃金が大きな影響を与えるようになった

最低賃金は、学生バイトや主婦パートの賃金に関係するものとしてしか認識されてきませんでした。補助的な業務だから、お小遣い程度でいいだろうという発想です。

しかし、新自由主義的政策によって労働市場の規制緩和が進み、賃上げが進みませんでした。年代別の世帯の所得の変化を調べると、1994年と2019年を比較したとき、世帯の所得の中央値は、35歳から44歳の世代で104万円減少していたほか、45歳から55歳の世代では184万円減少しています。

こうした中、一般労働者にまで、最低賃金が影響を及ぼすようになってきました。

賃金の分布を示したグラフ。左は平成23年、右は令和2年。最低賃金は683円から830円に上がったが、最低賃金に押し付けられるような形になっている。

貧困格差をなくすことを旗印に、2009年に民主党政権ができたとき、最低賃金は2020年度までに全国平均1000円にすることが政労使の約束となりました。

しかし、その後の自民党政権は同じく1000円を掲げるものの、そのスピードを低下させました。今年の参議院選挙では、自民党の政策集には金額すら書かれていません。

国政選挙においても、最低賃金は大きな争点の一つに押し上げられています。それだけ多くの人に影響を与え、関心をもたれるようになったということです。

あなたの賃金と最低賃金の関係は

もし仮に、時給1000円でフルタイム働いても、年収は200万円に達しません。いわゆるワーキングプア(働く貧困層)です。これでは、家族生活を営むことができません。そのための貯蓄もできません。社会的に考えれば、いまより一層、少子化が進みます。

これが時給1500円になったらどうでしょうか。年収は300万円にちょっと届かない程度になります。そうした労働者2人が夫婦となれば、500万円台となり、子どもを育てることのできる年収となります。もちろん、ある労働者が結婚するかどうか、夫婦として子どもを生み育てるかどうかは、本人たちが決める事柄ですが、社会的に見れば、そのようなシステム設計でなければ社会を維持できないということになります。中国で行われていたような一人っ子政策を、いまの日本で行う必要はありません。

では、今の仕事が、例えば年収500万円の人にとって、最低賃金はどんな意味をもたらすでしょうか。

最低賃金はナショナルミニマム

最低賃金は、ナショナルミニマムです。

ナショナルミニマムとは、この国の中での最低限度の暮らしのことです。

私たちには、生存権があります。健康で文化的な最低限度の生活を営む権利です。日本国憲法の25条に書かれています。

より直接的なしくみとしては、生活保護制度があります。しかし、それだけではありません。就学援助、住民税の非課税限度、最低賃金です。

労働者が働いても、健康で文化的な最低限度の生活を営めず、生活保護を利用し続けなければならないとしたら、それは何かおかしいと思われるでしょう。

実際、かつてはそのような状況にありましたが、現在は法改正が行われ、最低賃金と生活保護の逆転現象が起きないような配慮がなされています。

前項の労働者の生計費を考慮するに当たつては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮するものとする。

最低賃金法第9条第3項

しかし、これにも落とし穴があります。

地域別最低賃金は時給で、生活保護は地域と年齢ごとに月額で決められています。また、働けば社会保険に加入し、生活保護の場合、医療費は生じません。これらを利用して、最低賃金は見た目より大きく、生活保護は見た目より小さくなるような計算方法が採られています。さらに、その比較は高校を卒業したばかりの年代で一人暮らしをしている人が想定されており、非現実的です。

最低賃金は、労働者が家族生活を営むことのできる金額でなければなりません。たとえば、ひとり親の場合、働きながら子どもを育て、生活保護を利用しているのではおかしな設定です。そうした生きた人間という条件を考慮した比較でなければならないでしょう。

年収が高かったとしても

もしも、どんな学歴であっても、どんな資格を有していても、どんな技術を身に着けていたとしても、年収は最低賃金で、みんな同じだとしたら、あなたはどうしますか。

年収がなぜ最低賃金より高いかといえば、学歴や資格を取るために必要だった時間と費用を回収する必要性があるからです。もちろん、年収の高低には、最終的に労使の需給バランス、職場や産業ごとの労使の力関係が影響してきます。

最低賃金はベースですから、それが低ければベースが下がり、高所得階層の年収も増加しません。そして、格差が広がります。

貧困が広がれば、その分の社会の維持のためのコストが増大しますから、税収を増やさなければなりません。現在のように社会保障は削られるのに、税金だけは多く納めなくてはいけなくなります。

地方間の格差は人口移動をもたらす

東京ではものが高く、田舎では安くてすむ。

本当にそうでしょうか。

簡単なところでは、コンビニは全国どこでも同じ金額で売っています。それぞれ別のオーナーが店舗を経営していますが、値段の違いはありません。

病院にかかるとき、薬局で薬をもらうとき、窓口で支払いをしますが、全国どこでも同じ金額です。

確かに、都会ほどアパートの家賃は高く、田舎なら大きく快適なアパートに住めるでしょう。しかし、都会は電車やバスが安く、気軽に利用できますが、田舎なら日用品の買い出しに行くにも自家用車は必須です。しかも、新潟のような雪国では、スノータイヤのような冬対策も必須です。

労働者として、最低でもどれぐらいの生活費があればいいのでしょうか。実は、最低賃金を決める審議会では、労働者の生計費がいくらなのかを示すデータが提出されません。

そこで、労働組合・全労連では、各都市ごとに最低限必要な生活費の試算を行っています。それによれば、全国どこでも1400円から1600円が必要とされています。

時給1500円は、年収300万円に達しない程度の金額ということを思い出してください。職場での人間関係の付き合い、休日の余暇をどうするか、家電や自動車の買い替え、生命保険、将来、家族を持つことを考えての準備など、当たり前の人が当たり前の生活を考えるのなら、それぐらいは必要です。

「健康で文化的な最低限度の生活」というのは、我慢して暮らすことではありません。みすぼらしい暮らしでもありません。少なくても、いま考えられているような水準ではないはずです。

金額水準は横においたとしても、全国どこでもほぼ同じ数字になることは事実です。

現在の賃金格差は、都会へ若者が流れていくことを意味します。

地方は人口減少がすすみ、都会は住みにくくなって超少子化が進行します。

そもそも、日本のような国土の小さな国で47もの地域に分けて最低賃金を設定する国はありません。全国一律がスタンダードです。日本を除く国はどこも理解しています。そんなことをしたら、都市と地方が分断され、国家としての統一ができず、この社会が崩壊するからです。

最低賃金が上がっても失業率が増えないばかりか、景気は回復する

最低賃金の引き上げは、労働者の生活向上をもたらし、日本経済全体に対してプラス効果があります。

具体的どう計算するかというと、最低賃金が引き上がったとき、そのために賃金の引き上がる対象労働者数と年間労働時間数を掛けることで、年間賃金増加額がわかります。

勤め先の収入に対する家計消費額の割合を算出し、それと年間賃金増加額をかけ合わせると、消費需要増加額が計算できます。

ここから、どれぐらい生産を誘発するか、付加価値がどれぐらい増えるか、そのために雇用がどれぐらい増えるか、国や地方への税収がどれぐらい増えるかを計算できます。

2009年段階で、時給1000円未満の雇用者は1160万人でした。それを前提に最低賃金を時給1000円にすると、年間賃金増加額は2.8兆円になります。国内生産は4.5兆円増加、付加価値は2.2兆円増加、税収は4千億増加、雇用は28.5万人が増加します。

2020年では、国内生産の誘発額は26.7兆円、雇用は169万人増加します。

もちろん、何も対策せずにいきなり最低賃金を上げると、それを最初に負担する零細企業が大変です。そこで、最初は政府による投資が必要です。具体的には、社会保険料の事業主負担分の肩代わりです。みなさんも社会保険料をたくさん払っていると思いますが、それとほぼ同じ金額を事業主も負担しています。それを国が肩代わりするのですから、かなりの負担減になります。

低所得者層の賃上げは、収入増加分の7割を消費します。一方、年収1000万円以上の高所得者は50%強にすぎません。低所得者層の賃上げは、特に国内の商業、食料品、通信、飲食店のような中小企業分野により強く現れます。

最低賃金の引き上げは、景気をよくします。

だから、最低賃金の引き上げに反対し、それによって儲ける人たちは、下請けいじめをいとわない企業など、一部に限られます。

非正規労働者は「賃上げも雇用も」

賃上げしたら雇用が失われる。

このように、賃上げと雇用がバーターされる関係にあると考える人も多いでしょう。しかし、そうではありません。

新型コロナウィルス感染症の影響を強く受けた2020年1月から2021年12月のうち、3ヶ月ずつに区切った各期において、労働者の増減がどうだったかわかっています。正規労働者の場合、前年同期比では、すべての期でプラスとなり、逆に非正規労働者の場合、2021年4~6月期を除くすべての期でマイナスとなっています。

コロナ禍では、正規労働者ではなく、非正規労働者が解雇されていたことを示しています。つまり、非正規労働者は、日常から「賃上げ」はありませんが、「雇用」すらありませんでした。

この間、生活費が不足したために、生活費の特例貸付(総合支援資金)の総額は1兆円を超えました。

非正規労働者には、雇用も賃上げも、どちらも必要なのです。

2021年のノーベル経済学賞は、米カリフォルニア大学バークレー校のデービッド・カード教授の賃金と雇用の関係を実証的に解き明かした研究です。それによれば、最低賃金の引き上げと失業の間に関係はありません。

当然のことですが、私たちは、各種データを無視して、無茶な最低賃金の引き上げをしろというのではありません。せめて、世界標準的な手法を用いて検証し、最低賃金の金額を世界水準並みに引き上げろという主張です。

公務員で最低賃金を下回るケースも

公務員は一部を除き、最低賃金法が適用されません。これは、公務員の労働条件が労使のバランスではなく、法令で決まるという仕組みのためです。しかし、そうはいっても、健康で文化的な最低限度の生活を営むだけの賃金は確保されるべきです。

2021年度の東京都の地域別最低賃金は、時給1041円ですが、東京23区以外の国家公務員初任給がそれを下回ることが起きました。

早急に是正されるべきです。

誰がどうやって決めているか不明瞭

地域別最低賃金は、厚生労働省の出先である各労働局のもとに地方最低賃金審議会が設置され、その答申に基づいて金額が決定されています。

その審議委員がどうやって選ばれているか、よくわかっていません。

立候補制になっていますが、いつも特定の団体から選出され、選出されない団体が労働局に問いただすと、判で押したように「総合的に適切に判断した」という答えが返ってきます。

また、その金額の決め方も不透明です。

会議の様子を公開しているところは鳥取だけで、他の46都道府県は非公開です。

したがって、どうやって決めているか、どんな決め方をしたか、その経過は事後的に(お金を払って)情報公開制度を利用するしかありません。

審議会に提出されるデータも不明瞭です。労働局の提出するデータには、経済指標などはありますが、労働者の生計費にかかわるものはありません。

どの回も労働局が作成したシナリオがあり、公益委員と事前の打ち合わせをしていた。そこに書かれていた「異議なし」の記載通り、実際の審議でも「異議なし」との発声があり、事前に事細かに決めていたようである。最初はこれが最賃の改定審議なのかと大変驚いた。
さらに驚いたのが、引き上げの根拠となる資料がないことだ。「生活保護を上回っている」というが、比較方法に関する説明はない。経済情勢など、立派な資料はたくさん用意されるが、最低限必要な生計費の指標が全くない。

山口最賃審の前公益委員 松田弘子弁護士の証言

最低賃金の影響をダイレクトに受けるのは、非正規労働者や零細事業者です。彼らの代表もいませんし、声も届きません。

そうやって決められた最低賃金は、いったい誰のためになるのでしょうか。

解決のために何をすればいいか

解決のためには、最低賃金法という法律にかかわるので、国政に影響を与えなければなりません。

国政選挙では、そうした候補者に働きかけることが必要です。最低賃金の引き上げを十分に行う候補者の応援をしましょう。彼らに投票しましょう。

これが、個人でもできることです。

しかし、それだけでは不十分です。

最低賃金の仕組みを日々学び、どんな人が苦しんでいて、何が問題か、そうして当事者に寄り添うためには、労働組合に入りましょう。もっと具体的に言えば、最低賃金の問題に積極的に取り組む労働組合に加入しましょう。

私たちも参加する最低賃金大幅引き上げキャペーンには、全国いろいろな労働組合が参加しています。そうした労働組合がおすすめです。

労働組合に入ると、集団として動くことができます。みんなの力を合わせると、いろいろな行動ができるようになります。

たとえば、国政だけでなく、最低賃金審議会に声を届けることができるようになります。審議委員に立候補する、審議会で意見を述べる、傍聴できるように働きかける、答申に対して異議を申し立てる、街頭で宣伝する、学習会を開くなどです。そうして世論を少しずつ動かして、国政に影響を与えます。

最低賃金の水準が低いために、苦しんでいる人がいます。あなたがもしそうなら、あなたが当事者です。そうした人のために、なにかしたいと思ったら、あなたが支援者です。まずはご連絡ください。

お問い合わせ

最低賃金の何が問題か、そしてどうしたらいいか

この記事が気に入ったらいいね!しよう

にいがた青年ユニオンの最新ニュース情報をお届けします


Xでも最新ニュース情報をお届けしています。


LINE公式から相談できます。

にいがた青年ユニオンとレインボーユニオン

2008年に誕生した労働組合。労働条件だけでなく、暮らしや健康問題にも強い関心を持つ。どこに住んでいても、どのような働き方でも加入できることから、2020年に「レインボーユニオン」に改名。にいがた青年ユニオンは、レインボーユニオンの新潟県支部になる。

相談する
最新情報をチェックしよう!